ゆるゆるフリーダム

愛媛出身千葉在住。よちよちマイペースフリーダムに生きてる二次オタフリーター24しゃい。ミニマムな生活をめざしている。刀剣乱舞と聖闘士星矢がすき。

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タニ子のプロフィール

いろんなブロガーさんのブログを見てるとプロフィ-ルは細かく書け的な事をよく目にするので細かく書きました。

漫画家を目指したり諦めたりしたきっかけとか学生時代の事とか8割どうでもいいことなので気になってお時間ありましたらぜひ読んでください!

 

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燃え尽きた小学生時代。からの不登校

 

 

早ッ。

小学生で燃え尽きたとかお前早ッ。

 

小学生のときはいわゆる不登校だったんですよ。

5年生の一学期くらいからかな。

 

きっかけは男子と喧嘩して「ムカついたから今日は学校休む!!」って言ってその延長線上だった気がする。くだらん。

それまでは普通にすごしてたしどっちかって言うと学級委員長とか班のリ-ダ-とかやることが多かった。

男子からはチョモランマ大佐ってあだ名ついてた。

 

習い事もいろいろやってて月曜日はピアノで水曜日は習字、週3でKUMONいっくもん!に行ってて週5で夜7時からバレーボール、さらに学校の陸上競技もやってました。

 

若いってすごいですね。あの時私も若かった。

 

結構しんどかったしストレスもたまってたのかな、ムカついたから学校休む事件でずるずる学校休むようになってもう習い事もやりたくないぜんぶやめる!って母親に泣きついた。

 

一度ずるずる休んでしまうと前みたいに学校へ行けなくなっちゃったんですよね。

行こうと思って制服は着るんだけど玄関のドアからなかなか出られない。

なので保健室登校させてもらってました。

 

バレーとかは好きで楽しかったけど今思えば母親にもっと褒めてもらいたくて頑張ってたような気がする。

でももう頑張りたくなくて家にひきこもるようになってた。引きこもってお年玉で買ったポケモンルビーやってた。

 

心療内科とか行ったりしててその時いわゆる燃えつき症候群みたいなものネ。と先生は言ってたんだと。

 

こうして小学生時代は燃え尽きました。

 

学校が嫌いだった中学時代

 

 

中学生になってからも相変わらず学校へはあまり行かず、出席日数うんぬんで登校する日もあったけど相談室と言うワケ有り学生が通う特別室みたいなのがあって私もそこへ行ってました。

 

教室に行くのが苦痛で仕方なかったし、小学生のときはあんなにクラスの中心にいたのに集団行動もだいきらいになりました。

親に申し訳ない気持ちと内心学校へいかなきゃ、いかなきゃって言う気持ちもあったんですがそれでもやっぱり体はなかなかついていかなかった。

 

ただ勉強体嫌いではなくありがたいことに個人塾へ通わしてもらってたので中3の時の成績は180人中60番くらいだった気がする。

いわゆる勉強の出来る不良。(ドヤァ

 

あまり学校へ行かなかったので家では漫画描いたり絵描いたりばかりしてました。

 

他人と同じ事はやりたくないという厨2病じみたものがこの頃からあってもともと絵を描くのが大好きで 漫画家は小学生の時からなりたかったのですが、中学2年ぐらいから本格的に原稿用紙に漫画を描き雑誌にも投稿するようになりました。

 

もうこのころから学校へ行く意味が自分のなかでわからなくて本当は高校も行きたくなかったのですが 中3で進路うんぬんとなった時「高校だけは出とけ」と親にすごく怒られたので通信高校へ行かせてもらいました。

そんな甘ったれた三年間だったのです。

 

バイトしながら通信高校へ通った4年間

 

 

通信高校は学校へ行って授業を受けるのは月2回、後は自宅で出された課題レポ-トを次の登校日までにもって行くという流れでした。

 

毎日学校へ行かなきゃと言う気持ちのストレスから開放されて一番のびのびしてた気がする。 

 

学校の無い日は漫画描いたりバイトしてお金を稼いでいましたし、学費は出してもらっていたのですが16歳のときから携帯代や洋服代など自分の身の回りのものはぜんぶ自分で払ってました。(ただの自慢です

上京して漫画家目指すって夢もあったので地道に貯金してたり。

 

ちなみになんのバイトしてたのかと言うとおばちゃんたちに混じって地元のスーパーで惣菜作ってた。3年半。

 

そして通信高校2年生の時、雑誌に投稿した漫画が小さな賞をいただき人生初の担当さんがつきました!!

 

一般的に漫画家志望で言う「担当がついた」とは雑誌の編集者さんで自分のネーム(※いわゆる下書きの下書き。話の流れやペ-ジの構図をざっくり描いたもの。)を見てくれたりする人の事を言うんですけど、

漫画家志望で担当がついたなんておたまじゃくしに足が生える前の卵にすらなっていない状態なのにこれに浮かれたお馬鹿な私は「自分才能あるのでは…!」と変な自信をもっちゃったんですよねー。アイタタタ。

 

地元に居たので東京の担当さんとは1年くらいFAXや電話でやりとりしてましたが中々連絡がとれなくなってきてフェ-ドアウト。(要するに見切りをつけられた)

 

その後はバイトに専念して貯金を貯める生活をしていたので通信高校を一年留年したけど無事卒業。

 

トキワ荘で漫画を描いてた三年間

 

 漫画家を目指すためにはとりあえず東京だ!って卵の白身と黄身はセットくらい当たり前な考えで上京しました。

アシスタントもやりたかったし地元にいるよりやっぱり関東のほうがチャンスは多いだろうと。

上京するにあたって色々調べた結果、トキワ荘プロジェクトなるものが存在することが判明。

 

トキワ荘プロジェクトとは、若手漫画家に特化したクリエイター支援団体です。本気でプロの漫画家を目指す若者に、東京と京都で低家賃住居(シェアハウス)を提供しています。

若い漫画家や志望者がいち早くプロとして自活できるようになるために、アルバイトの時間を減らし、自己投資や本業に専念する時間を作れるようにすることが目的です。

tokiwa-so.net

 

 

 

これを知った私はすぐに申し込み、愛媛から東京へ見学に行き入居を決めました。

 

上京して入居後ひと月くらいで編集部に自分の描いた原稿を持ち込みに行き、そこでまた担当さんがつきました。

 

トキワ荘に入居中は担当さんにネームを見てもらい賞に出す原稿を描いたり雑誌で連載されてるプロの漫画家さんの所でアシスタントをさせてもらったりしてました。

 

同時に入居している人たちは皆漫画家を目指して地方から上京した人たちばかりなのでお互い原稿を手伝ったりとかもしてましたね~。(5人で住んでた、皆同性。

 

アルバイトとアシスタントの仕事をしつつ自分の原稿を進める。

いくらトキワ荘プロジェクトが低家賃で住居を提供してくれてるとは言え、

ぶっちゃけしんどかったです。

 

 目標を持って上京したものの現実は甘くなかった。そりゃそーだ。

アシスタントの日程って漫画家さんの原稿の進行具合によってコロコロ予定が変わっちゃうんですよね。

アシを掛け持ちしてたんで変にバイトを入れられなかったしアシ代だけじゃ生活は厳しかったです。

ずっとアナログで描いてたので画材代が意外とバカにならない。

そうしてだんだんと貯金が減っていきついに残高が諭吉さんとオサラバする状態までに。

月々の生活するだけでカッツカツでした。

 

自分の漫画はもちろん描いてました、しかし担当さんにボツにされたりOKもらえて賞に応募して賞はもらえてもデビューには至らなかった。

 

締め切り前は寝れないし食事もおろそかになるしそんな中でも思うように結果が出せない、生活も苦しい。大口たたいて上京したもののデビューすらできず結果も出せずに言い訳ばっかりしてる自分に自己嫌悪。

目標のために努力することの辛さよりも目の前の生活がちゃんと出来ない辛さに折れてしまってたんですねー。

 

そんな生活が2年ほど続きだんだんノイローゼみたいなのになっていきました。

しまいには体を壊し完全に無気力。

 

そしてそんな中いつの間にか描く事が嫌になっていた、漫画だけに縛られていた。

 

「やりたい」じゃなくて「やらなきゃ」になっていた。

 

やりたいじゃなくなった時点でそれは本当に自分のやりたいことではなかった。

「今」の自分がやりたいことではなくなっていた。

 

こんな事で漫画家目指しててデビューなんかできるわけないじゃん。

思い悩んだ結果なんかもうどうでもよくなり漫画から離れる決意をします。

 

やめてやるー!と言ったものの今まで漫画家を目指すために貯金して上京してきたのにここでやめたら今までのことが全て無駄になってしまんうじゃなかろうかとか、この先どうしようとか不安はたくさんあった。

頑張ってねと言ってくれた人たち、なにより上京する時背中を押して応援してくれた母親を裏切るようで嫌だった。

漫画家目指すと大口たたいて家を出てきたのにここでやめたら「ほらやっぱり」って馬鹿にされるんじゃないかと怖かった。

 

そうやって意地になって続けてたたんだと思う。

 

けど、離れてみると案外心残りがなかったし逆に心が軽くなった。

ほっとしている自分が居た。

 

夢を追いかけて上京したことは後悔してない 

 

 それから生活していく上で諦めた事や漫画家を目指して上京したことは後悔していません。

私の中でいい経験になったなと思ってます。

上京しなければ今の自分はいなかったしこうしてブログも書いていなかっただろうし。

過去の選択があったから今の自分が居る。

 

諦めるのはひとつの選択肢。

諦める事で見えてくるものもあるんだなあと気づいたことが私にとってはプラスになった。

 

努力が必ず実を結ぶわけじゃない、努力しても結果が出ないものは出ない。

実力がなかったと言われればそれまでですがそこにはやっぱり運も関わってくるだろうし向き不向きもあると思う。

けれど向き不向きを知るためにもまずはやりたいことはどんどん挑戦してみればいい、成功しなくたって途中で諦めたってやってみることに意味はあるんだ、どうせ自分の人生だし一度きりなんだから後先考えずにやりたいことはどんどんチャレンジしてみればいい。

それをやったと言う事実が未来への自分の道にもなるし生き方にも繋がって行く。

 まあ結局は本人が後悔してなければいいんじゃない!って話!

 

しんどくても苦しくても諦めずに夢や目標にむかって進んでいる人を見るとすごいと思うし心から尊敬します。

そういう人ってやっぱりそれが大好きだから続けているんだろうしエネルギーに満ち溢れててキラキラしてる。カッコイイ。

 

いろいろ書きましたが選択肢はたくさんあること、まずはやってみることの大切さを知ってもらいたい。

このブログもそんなやってみたいからはじめました。 

 

 そして現在

 

 

トキワ荘時代から続けていたバイトで生計立ててとりあえず毎月貯金できるような生活おくれてます。

たまに趣味で絵を描いたり一人旅してみたり好きなことはできてる、かな?

それでもやってみたいことはまだまだあるので気が向いたらやっていこう。

 

誰に何を言われようがこれまでの人生がすべて自分で選んだもの。

 

このブログも基本自分の自己主張多めですが少しでも、誰かの役に立てばいいかなとか思ってます。

 

性格・ポリシーみたいなやつ

 

 

かなりマイペース。

なんでも自分のペースでやりたい、周囲と協力連携プレイスキルはオンラインゲームでのみ発動。

 

ポリシーは自分は自分、他人は他人。

 

趣味、すきなものなど

 

 ・柴犬は世界一かわいい生き物

・地元愛媛大好き

・美味しいお店巡り

・一人カラオケ(アニソンしか歌えない

・二次元オタク

・たまに絵を描く(水彩色鉛筆とコピック愛用たまにデジタル

・映画鑑賞

 

こんな感じでオタクです。

 

よろしく!!!

 

 

 

 

 

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